PERMAモデル完全解説 ― ウェルビーイングを支える5つの柱
セリグマンが提唱したPERMAモデルの5要素を、背景理論・科学的根拠・実生活への応用まで徹底的に解説。フレドリクソン、チクセントミハイ、ダックワースら各分野の知見を統合します。
ポジトレ|ポジティブ心理学を無料で学ぼう
知識レッスンとカウントダウン式トレーニングで、感謝・強み・フロー・レジリエンスを実践的にアップ。ユーザー登録不要、すべて無料で今すぐ始められます。
PERMAモデルとは何か
『Flourish』― セリグマンの理論的転換
2011年、マーティン・セリグマンは著書 Flourish: A Visionary New Understanding of Happiness and Well-being を出版し、自身の幸福理論を大幅に刷新しました。2002年の著書 Authentic Happiness で提唱した「真の幸福理論」では、心理学の目標を「幸福(happiness)」と定め、ポジティブ感情・エンゲージメント・意味の3要素で捉えていました。しかしセリグマンは、この理論には2つの重大な問題があると自ら認めました。
第一に、「幸福」という言葉は「気分の良さ」に偏りがちで、人生の充実を十分に捉えきれないこと。第二に、人間が本質的に追求するものの中に、ポジティブ感情とは独立した「関係性」と「達成」があることを見落としていたこと。こうした反省から生まれたのがPERMAモデルです。
PERMAとは、ウェルビーイング(Well-being)を構成する5つの要素の頭文字です。
- P ― Positive Emotion(ポジティブ感情)
- E ― Engagement(エンゲージメント)
- R ― Relationships(関係性)
- M ― Meaning(意味)
- A ― Achievement(達成)
PERMAの各要素が選ばれた3つの基準
セリグマンは、ウェルビーイングの構成要素として認められるためには、各要素が以下の3つの基準を満たす必要があると述べました。
- それ自体がウェルビーイングに寄与する(contributes to well-being):その要素は、他の要素とは独立して、人間のウェルビーイングに貢献するものでなければならない。
- それ自体のために追求される(pursued for its own sake):多くの人が、他の要素を得るための手段としてではなく、それ自体を目的として追求するものでなければならない。
- 他の要素とは独立して定義・測定できる(defined and measured independently):各要素は、他の要素に還元されることなく、独自に定義し測定できなければならない。
たとえば「達成」は、それ自体がウェルビーイングに寄与し、ポジティブ感情がなくても追求する価値があり(苦しいマラソン完走後の達成感)、ポジティブ感情や意味とは独立して測定できます。この3つの基準によって、5つの要素が選定されたのです。
PERMAモデルの重要な特徴は、ウェルビーイングを単一の指標(例:人生満足度)に還元しないことです。ある人はポジティブ感情は少なくても深い意味を感じて充実しているかもしれないし、別の人は達成と関係性に恵まれているかもしれません。PERMAは「幸福の正解はひとつではない」というメッセージを内包しています。
P ― ポジティブ感情(Positive Emotion)
フレドリクソンの拡張-形成理論
PERMAの「P」は、喜び、感謝、安らぎ、興味、希望、誇り、愉快、鼓舞、畏敬、愛といったポジティブ感情の体験を指します。ポジティブ感情の科学を最も体系的に研究したのが、バーバラ・フレドリクソン(Barbara Fredrickson)です。
フレドリクソンの「拡張-形成理論(Broaden-and-Build Theory)」は、ポジティブ感情の進化的意義を説明する画期的な理論です。ネガティブ感情(恐怖、怒りなど)が「特定行動傾向(specific action tendencies)」を引き起こす ― つまり「逃げる」「戦う」といった特定の行動に狭める ― のに対し、ポジティブ感情は思考と行動のレパートリーを「拡張(broaden)」します。
喜びは遊び心と創造性を広げ、興味は探索と学習を促し、安らぎは味わいと統合をもたらし、愛はこれらすべてを安全な関係性の中で促進します。そして、この拡張された思考と行動を通じて、長期的な個人資源 ― 知的資源、身体的資源、心理的資源、社会的資源 ― が「形成(build)」されるのです。
10のポジティブ感情
フレドリクソンは研究を通じて、人間にとって特に重要な10のポジティブ感情を特定しました。
| 感情 | 英語 | 特徴と機能 |
|---|---|---|
| 喜び | Joy | 安全で親しみやすい環境で生じ、遊びと創造性を促進する |
| 感謝 | Gratitude | 恩恵を認識したときに生じ、恩返しや親切の連鎖を生む |
| 安らぎ | Serenity | 安全で確かな環境で生じ、味わい(セイバリング)と統合を促す |
| 興味 | Interest | 新奇で安全なものに出会ったときに生じ、探索と学習を駆動する |
| 希望 | Hope | 困難な状況で生じ、最善の結果に向けた行動を動機づける |
| 誇り | Pride | 社会的に価値ある達成のあとに生じ、さらなる努力を促す |
| 愉快 | Amusement | 安全な社会的不一致(ユーモア)で生じ、社会的絆を強化する |
| 鼓舞 | Inspiration | 他者の卓越を目撃したときに生じ、自己の向上を動機づける |
| 畏敬 | Awe | 自分を超えた偉大さに触れたときに生じ、自己の相対化と調和をもたらす |
| 愛 | Love | 安全な関係性の中で生じ、上記すべてのポジティブ感情を統合・増幅する |
ポジティビティ比の研究とその限界
フレドリクソンとロサダ(2005年)は、ポジティブ感情とネガティブ感情の比率が約3:1を超えると「繁栄(flourishing)」の状態に入るという「ポジティビティ比」を提唱しました。しかし2013年にブラウンらによって数学的モデル部分に重大な誤りが指摘され、論文の該当部分は撤回されました。
ただし、「ポジティブ感情の比率が高い方がウェルビーイングに好影響を与える」という経験的知見自体は、他の研究でも支持されています。正確な臨界比率は存在しませんが、日常のポジティブ感情を意識的に増やす努力は依然として意味があります。
セイバリング ― ポジティブ体験を味わう力
フレッド・ブライアント(Fred Bryant)が提唱したセイバリング(Savoring)は、ポジティブ感情をより深く、より長く味わう能力です。良い体験をただ経験するだけでなく、注意を向けて意識的に味わうことで、ポジティブ感情の持続時間と強度が増します。
セイバリングの具体的な戦略には、他者と共有する(Sharing)、記憶に刻む(Memory Building)、自分を褒める(Self-congratulation)、感覚に没入する(Sharpening Perceptions)、没頭する(Absorption)などがあります。
ネガティブ感情の正当な役割
PERMAモデルがポジティブ感情を重視することは、ネガティブ感情を否定することではありません。恐怖は危険回避に、怒りは不正への対抗に、悲しみは喪失の処理に、それぞれ適応的な機能を持っています。セリグマン自身、「ポジティブ心理学はネガティブなものを無視するのではなく、心理学が見落としてきたポジティブな側面にも注目する」と繰り返し強調しています。
心理的に健康な人は、状況に応じて感情を柔軟に使い分けます。友人と楽しい時間を過ごすときは喜びを味わい、不正を目にしたときは正当な怒りを感じ、愛する人を失ったときは十分に悲しむ。ジョルディ・コードバック(Jordi Quoidbach)らはこれを「感情の多様性(emodiversity)」と呼び、より多様な感情を経験する人ほど心理的健康度が高いことを示しました。ポジティブ感情だけの人生を目指すのではなく、感情の全パレットを豊かに使いこなすことが、真のウェルビーイングへの道です。
E ― エンゲージメント(Engagement)
チクセントミハイのフロー理論
PERMAの「E」は、活動への深い没入と集中、いわゆる「フロー(Flow)」状態を中心とするエンゲージメントです。ミハイ・チクセントミハイ(1934-2021年)は、「人がいつ最も幸福を感じるか」という問いを数十年にわたって研究し、「フロー」という概念にたどり着きました。
チクセントミハイは経験サンプリング法(Experience Sampling Method: ESM)という独自の研究手法を用いました。参加者にビーパーを持たせ、1日の中でランダムにアラームを鳴らし、その瞬間の活動と心理状態を記録してもらうのです。世界中の数千人から収集されたデータは、一貫した結論を導きました。人が最も充実感を報告するのは、リラックスしているときや娯楽を楽しんでいるときではなく、挑戦的な活動に全身全霊で取り組んでいるときだったのです。
フローの8つの条件
チクセントミハイは、フロー体験に共通する8つの特徴を特定しました。
- 挑戦とスキルのバランス:活動の難易度が自分のスキルレベルとちょうど釣り合っている。簡単すぎれば退屈、難しすぎれば不安になる。
- 行為と意識の融合:活動に完全に没入し、自分が何をしているかを意識する余裕がなくなる。
- 明確な目標:次に何をすべきかが常にはっきりしている。
- 即座のフィードバック:自分の行動がうまくいっているかどうかが、すぐにわかる。
- 深い集中:注意が活動に完全に集中し、無関係な情報が意識から排除される。
- コントロールの感覚:困難な状況でも、自分がコントロールできているという感覚がある。
- 自意識の消失:他者の評価や自分の外見への意識が消える。
- 時間感覚の変容:時間が飛ぶように過ぎたり、逆に一瞬が引き延ばされたりする。
スキルと挑戦のバランス
フロー理論の中核にあるのが、「スキルと挑戦のバランス」です。チクセントミハイのフロー・チャンネル・モデルによると、フローは高いスキルと高い挑戦が交差する領域で生じます。
スキルが高く挑戦が低い場合は「退屈(Boredom)」、スキルが低く挑戦が高い場合は「不安(Anxiety)」、スキルも挑戦も低い場合は「無感動(Apathy)」が生じます。フローを体験するためには、自分のスキルレベルをわずかに超える挑戦に取り組むことが鍵となります。
マインドフルネスとの関係
フローとマインドフルネスは、「今この瞬間への集中」という共通点を持ちながら、微妙に異なるメカニズムで機能します。フローでは自意識が消失し活動と一体化するのに対し、マインドフルネスでは体験を観察する「メタ認知的な気づき」が維持されます。
ただし両者は補完的です。マインドフルネスの実践は注意の制御能力を高め、フローに入りやすい心理的基盤を作ります。また、マインドフルネスは「今この瞬間」に注意を戻す訓練であるため、注意の散漫(フローの最大の敵)を軽減します。
日常でのフロー体験
フローはプロのアスリートや芸術家だけのものではありません。チクセントミハイの研究は、料理、園芸、読書、会話、仕事のプロジェクト、趣味の活動など、あらゆる日常活動でフローが生じうることを示しています。鍵は、明確な目標を設定し、自分のスキルレベルに合った適度な挑戦を見つけ、フィードバックを得られる環境を整えることです。
チクセントミハイの研究で興味深い発見のひとつは、フローは仕事中の方がレジャー中より頻繁に生じるということです。受動的な余暇(テレビ視聴など)はフローを生みにくく、むしろ明確な目標とフィードバックのある仕事の方がフロー条件を満たしやすいのです。にもかかわらず、人々は仕事中より余暇の方が幸せだと「信じている」ことが多い。これはチクセントミハイが「仕事のパラドックス」と呼んだ現象です。
R ― 関係性(Relationships)
ハーバード成人発達研究 ― 85年以上の追跡調査
PERMAの「R」は、他者との温かく深いつながり、すなわちポジティブな対人関係を指します。関係性がウェルビーイングにとっていかに重要かを最も雄弁に示すのが、ハーバード成人発達研究(Harvard Study of Adult Development)です。
1938年に始まったこの縦断研究は、ハーバード大学の学生268人(Grant Study)とボストンの低所得地域の男性456人(Glueck Study)を、85年以上にわたって追跡しました。現在は第4代ディレクターのロバート・ウォールディンガー(Robert Waldinger)が率いており、当初の参加者の子ども世代も対象に加わっています。
この研究の最も明確な結論は、ウォールディンガーの言葉に集約されます。「人を健康で幸せにするのは、良い人間関係である。以上」。収入、社会的地位、名声、知性よりも、親密な人間関係の質が、人生の満足度と身体的健康の最も強力な予測因子だったのです。
ゴットマンの研究 ― 関係性の科学
ジョン・ゴットマン(John Gottman)は、夫婦関係の研究で40年以上のキャリアを持つ心理学者です。「ラブ・ラボ」と呼ばれる実験室で数千組のカップルを観察し、関係性の質を予測する要因を特定しました。
ゴットマンの最も有名な発見は、安定した関係にはポジティブなやりとりとネガティブなやりとりの比率が約5:1であるということです。また、関係を最も破壊する4つのコミュニケーションパターン ― 批判(Criticism)、軽蔑(Contempt)、防御(Defensiveness)、逃避(Stonewalling) ― を「黙示録の四騎士」と名づけました。中でも軽蔑が最も有害であり、関係崩壊の最強の予測因子です。
ACR ― 積極的建設的反応
シェリー・ゲイブル(Shelly Gable)は、パートナーが良いニュースを共有したとき、相手がどう反応するかが関係の質を予測することを発見しました。彼女は4種類の反応スタイルを分類しました。
| 反応スタイル | 説明 | 例(昇進の報告に対して) |
|---|---|---|
| 積極的・建設的(ACR) | 熱意を持って関心を示し、質問する | 「すごい! 詳しく聞かせて。どんな気持ちだった?」 |
| 消極的・建設的 | 控えめに肯定する | 「よかったね」 |
| 積極的・破壊的 | 自分の話にすり替える、問題を指摘する | 「残業が増えるんじゃない? 大丈夫?」 |
| 消極的・破壊的 | 無関心、話題を変える | 「そう。ところで夕飯何にする?」 |
研究の結果、関係の質と持続性に正の影響を与えるのは積極的建設的反応(Active Constructive Responding: ACR)だけでした。他の3つの反応スタイルはすべて、関係の質を低下させます。良いニュースに対する反応の仕方は、悪いニュースへの対応と同等かそれ以上に、関係の質を左右するのです。
心理的安全性 ― エドモンドソンの研究
エイミー・エドモンドソン(Amy Edmondson)が提唱した「心理的安全性(Psychological Safety)」は、チームの中で対人リスク(発言して恥をかく、間違いを指摘されるなど)を取ることが安全だと共有されている信念です。Googleの大規模プロジェクト「Project Aristotle」は、高パフォーマンスチームに共通する最大の要因が心理的安全性であることを明らかにしました。
心理的安全性の高い環境では、メンバーが率直に意見を述べ、失敗を報告し、助けを求めることができます。これにより学習が促進され、イノベーションが生まれ、結果としてチーム全体のパフォーマンスが向上します。心理的安全性は、PERMAの「R」が個人的な親密関係だけでなく、職場や学校などあらゆる集団で重要であることを示しています。
つながりの質 ― 表面的な関係より深いつながり
ジェーン・ダットン(Jane Dutton)は「高品質のつながり(High-Quality Connections: HQC)」という概念を提唱しました。HQCは、たとえ短い接触であっても、相互の敬意、信頼、積極的な関与がある関係を指します。重要なのは関係の「数」ではなく「質」です。
ブレネ・ブラウン(Brene Brown)のヴァルネラビリティ(脆弱性)の研究も、この文脈で重要です。自分の弱さや不完全さを開示する勇気が、深い人間関係の基盤であることをブラウンは示しました。真のつながりには、完璧さではなく、真正性(authenticity)が必要なのです。
ハーバード成人発達研究の第3代ディレクターであるジョージ・ヴェイラント(George Vaillant)は、75年分のデータを振り返り、「幸福とは愛である。以上(Happiness is love. Full stop.)」と述べました。この結論は一見シンプルですが、膨大なデータに裏打ちされた重みを持っています。50歳時点での人間関係の質は、コレステロール値よりも正確に80歳時点の健康を予測したのです。人間関係への投資は、文字通り命を延ばす投資なのです。
M ― 意味(Meaning)
フランクルの実存的意味
PERMAの「M」は、自分より大きな何かに属し、それに奉仕しているという感覚、すなわち人生の意味と目的を指します。意味の心理学の原点は、ヴィクトール・フランクル(Viktor Frankl)にあります。
精神科医であったフランクルは、ナチスの強制収容所での過酷な体験を経て、1946年に『夜と霧(Man's Search for Meaning)』を著しました。フランクルは収容所という極限状況で観察したのは、生き延びた人とそうでない人を分けたのは、身体的な強さでも知性でもなく、人生に意味を見出せるかどうかだったということです。
フランクルは「ロゴセラピー(Logotherapy)」を創始し、意味への意志(Will to Meaning)が人間の根源的動機づけであると主張しました。フロイトの「快楽への意志」、アドラーの「権力への意志」とは異なり、人間は意味を求める存在であるというのがフランクルの人間観です。
マイケル・スティーガーの「人生の意味」研究
現代の意味研究を牽引するマイケル・スティーガー(Michael Steger)は、人生の意味を2つの次元で捉えています。
- 意味の存在(Presence of Meaning):自分の人生が意味あるものだと感じる程度。
- 意味の探求(Search for Meaning):人生の意味を積極的に探し求めている程度。
スティーガーの研究では、意味の存在は人生満足度、ポジティブ感情、幸福感と正の相関を示し、うつ症状、不安、物質乱用と負の相関を示しました。意味の探求については結果が複雑で、まだ意味を見つけていない人にとっては苦しみを伴うこともありますが、意味をすでに感じている人が「さらなる意味」を探求する場合は、成長と充実につながることが示されています。
日本の「生きがい」概念
ポジティブ心理学の「意味」の議論において、日本語の「生きがい」は特別な位置を占めています。「生きがい」は直訳が難しい概念で、「生きる甲斐」「生きる喜びや目的」「朝起きる理由」などと説明されます。
マーク・ウィン(Marc Winn)が2014年に広めた「生きがいの4つの交差」モデル ― 好きなこと、得意なこと、世界が必要としていること、対価が得られること ― は広く知られていますが、これは日本の伝統的な「生きがい」概念よりも西洋的な目的志向に近いものです。日本の研究者がとらえる「生きがい」は、必ずしも壮大な目的を必要とせず、日常の小さな喜びや人とのつながりの中にも見出されるものです。
この概念は、PERMAの「意味」が必ずしも宗教的・哲学的な大きな意味だけを指すのではなく、日常の中に意味を見出す力も含むことを示唆しています。
ジョブ・クラフティング ― 仕事に意味を見出す
エイミー・レズネスキー(Amy Wrzesniewski)は、同じ仕事でも、人によって「ジョブ(お金のための労働)」「キャリア(昇進のための手段)」「コーリング(天職・使命)」と捉え方が異なることを発見しました。興味深いことに、この違いは職種ではなく、個人の意味づけによるものでした。病院の清掃員の中にも、自分の仕事を「患者の回復環境を整える使命」として捉える人がいたのです。
ジョブ・クラフティング(Job Crafting)とは、自分の仕事の境界を主体的に再定義することで、仕事に意味と充実感を見出す手法です。具体的には、タスクの範囲を調整する「タスク・クラフティング」、人間関係を再構築する「関係性クラフティング」、仕事の意味づけを変える「認知的クラフティング」の3つの方法があります。
超越的目的
セリグマンは、意味を「自分より大きなものに属し、それに奉仕すること」と定義しました。この「自分より大きなもの」は、家族、コミュニティ、国家、人類、自然、宗教的信仰、学問、芸術など、人によってさまざまです。
ウィリアム・デイモン(William Damon)は「目的(Purpose)」を「自分にとって意味があり、かつ自分を超えた世界に貢献するもの」と定義し、目的意識を持つ人は持たない人に比べて、人生満足度が高く、レジリエンスも強いことを示しました。
意味の研究が一貫して示しているのは、「意味は発見するもの」であると同時に「意味は創造するもの」でもあるということです。フランクルは、意味は3つの方法で見出せると述べました。何かを創造する(創造価値)、何かを体験する(体験価値)、そして避けられない苦しみに対する態度を選ぶ(態度価値)。最後の「態度価値」こそ、収容所体験からフランクルが導き出した最も深遠な洞察であり、どんな状況においても人間には態度を選ぶ自由があるというメッセージです。
A ― 達成(Achievement)
ダックワースのグリット理論
PERMAの「A」は、何かを成し遂げる体験、マスタリー(熟達)への追求、そして目標を達成する過程そのものを指します。セリグマンが「達成」をPERMAに加えた理由は、多くの人がポジティブ感情や意味とは独立して、「何かを成し遂げたい」という動機で行動するからです。
アンジェラ・ダックワース(Angela Duckworth)は、セリグマンの教え子であり、「グリット(Grit)」の研究で知られています。グリットとは「長期目標に対する情熱と忍耐(passion and perseverance for long-term goals)」と定義される非認知的能力です。
ダックワースの研究で画期的だったのは、ウェストポイント(陸軍士官学校)の入学者のうち、過酷な初期訓練「ビーストバラックス」を脱落するかどうかを予測する最良の指標が、体力でも学力でもリーダーシップ得点でもなく、グリットスコアであったことです。全米スペリングビー大会の上位入賞者、教育困難校での教師の定着率、企業の営業成績なども、グリットが有意な予測因子となりました。
ドゥエックの成長マインドセット
キャロル・ドゥエック(Carol Dweck)のマインドセット理論は、達成に対する人間の基本的な信念が行動と結果に大きく影響することを示しました。
固定マインドセット(Fixed Mindset)を持つ人は、知性や才能は生まれつき固定されていると信じます。その結果、挑戦を避け、失敗を恐れ、努力を「才能がない証拠」と見なし、他者の成功に脅威を感じます。
成長マインドセット(Growth Mindset)を持つ人は、知性や才能は努力と学習によって発展できると信じます。その結果、挑戦を歓迎し、失敗を学習機会と捉え、努力をマスタリーへの道と見なし、他者の成功からインスピレーションを得ます。
ドゥエックの研究は、マインドセットが学業成績、スポーツのパフォーマンス、人間関係の質、組織の成果に影響することを繰り返し示しています。重要なのは、マインドセットは変えられるということです。「まだ(yet)」という一語 ― 「できない」を「まだできない」に変える ― が、成長マインドセットへの入口となります。
内発的動機づけ ― デシとライアンの自己決定理論
エドワード・デシ(Edward Deci)とリチャード・ライアン(Richard Ryan)の自己決定理論(Self-Determination Theory: SDT)は、人間の動機づけを包括的に説明する理論です。SDTの核心は、人間には3つの基本的心理欲求があるという主張です。
- 自律性(Autonomy):自分の行動を自分で選択しコントロールしているという感覚
- 有能感(Competence):環境に効果的に働きかけ、スキルを発揮できているという感覚
- 関係性(Relatedness):他者とつながり、大切にされているという感覚
これら3つの基本欲求が満たされると、内発的動機づけが促進され、人は自発的に活動に取り組み、成長し、パフォーマンスを発揮します。逆に、これらが阻害されると(過度な管理、評価、孤立など)、動機づけは低下し、ウェルビーイングも損なわれます。
SDTの重要な貢献のひとつは、外発的動機づけにもグラデーションがあることを示したことです。完全に外的な報酬による動機づけ(外的調整)から、自分の価値観と統合された動機づけ(統合的調整)まで、段階的に内在化が進みます。達成が持続的なウェルビーイングにつながるのは、その達成が内発的動機づけや統合された動機づけに支えられている場合です。
スモールウィンの設計
テレサ・アマビル(Teresa Amabile)とスティーブン・クレイマー(Steven Kramer)の「進捗の法則(The Progress Principle)」は、日常の仕事における「小さな前進(Small Wins)」が内発的動機づけとポジティブ感情の最大の源泉であることを示しました。1万2000件以上の日誌データの分析から、意味のある仕事における進捗感覚が、認知・感情・動機づけのすべてにおいて最も強力なプラスの影響を与えることが明らかになりました。
BJ・フォッグ(BJ Fogg)のタイニー・ハビッツ(Tiny Habits)の考え方も同様の原理に基づいています。大きな目標を極めて小さなステップに分解し、成功体験を積み重ねることで、達成の習慣を脳に刻み込むのです。「毎日1ページ読む」「腕立て伏せ2回する」といった小さな行動が、やがて大きな変化につながります。
達成と幸福の関係
達成とウェルビーイングの関係は、一方向的ではなく相互的です。達成はウェルビーイングを高めますが、ウェルビーイングも達成を促進します。リュボミアスキーらのメタ分析(2005年)は、幸福な人はそうでない人に比べて、仕事・人間関係・健康のあらゆる面でパフォーマンスが高いことを示しました。「成功したから幸せ」だけでなく、「幸せだから成功する」のです。
ただし、達成の追求が不健全な形を取る場合もあります。自己価値を達成だけに依存させると、失敗が自己否定につながります。ここでセルフコンパッションが重要な緩衝材となります。ネフの研究は、自分に思いやりを持てる人ほど、失敗後の回復が早く、再挑戦への動機づけも高いことを示しています。
ダックワースのグリット研究に対しては、「結局、粘り強さが大事というだけでは?」という批判もあります。しかし、グリットの本質は単なる忍耐ではなく、「一貫した興味(consistent interest)」と「粘り強い努力(perseverance of effort)」の組み合わせです。多くのことに手を出しては飽きるのではなく、ひとつの長期目標に対して情熱を維持し続けること ― それがグリットの核心です。セリグマンがPERMAに「達成」を加えたのも、この「目標に向かって努力するプロセスそのもの」が、ポジティブ感情や意味とは独立して、人間のウェルビーイングに寄与すると考えたからです。
PERMAの統合と相互作用
5要素の相乗効果
PERMAの5つの要素は独立して定義・測定できますが、実際の人生では密接に相互作用しています。ポジティブ感情は良い関係性を築く土台となり、良い関係性はエンゲージメント(フロー)を促進する安全基地となり、エンゲージメントの中で達成感が生まれ、達成が意味の感覚を強化し、意味がさらなるポジティブ感情を生む ― という好循環が存在します。
フレドリクソンの拡張-形成理論は、この相乗効果のメカニズムを説明する理論的基盤を提供しています。ポジティブ感情が思考と行動のレパートリーを拡張し、それによって蓄積された資源(良い関係性、スキル、知識、レジリエンスなど)がさらなるポジティブ体験を生む「上向きスパイラル(upward spiral)」は、PERMAの各要素を有機的に結びつけるメカニズムです。
PERMA+V/H等の拡張モデル
PERMAモデルの発表以降、研究者たちはさらなる要素の追加を提案してきました。代表的な拡張案は以下の通りです。
| 拡張要素 | 英語 | 提案者・内容 |
|---|---|---|
| 身体的活力 | Vitality (V) | 身体的健康、運動、睡眠、栄養がウェルビーイングの基盤であるとする提案 |
| 健康 | Health (H) | セリグマン自身も後年、身体的健康の重要性を認め、PERMA+Hの可能性に言及 |
| 経済的安全 | Economic Security | ディーナーらが、基本的な経済的安全がウェルビーイングの必要条件であると指摘 |
| マインドフルネス | Mindfulness | マインドフルネスが全5要素に横断的に影響する独立した要素であるとする提案 |
セリグマン自身はPERMAの5要素を基本的に維持していますが、身体的活力や健康の重要性は認めています。PERMAは完成された理論ではなく、今後の研究によってさらに発展する可能性のある枠組みです。
PERMA Profilerによる測定
バトラー(Butler)とカーン(Kern)が開発した「PERMA Profiler」は、PERMAの各要素を測定するための標準化された質問紙です。23項目の質問によって、5つの要素それぞれのスコアとウェルビーイングの全体像を把握できます。
PERMA Profilerは研究者だけでなく、個人の自己理解ツールとしても活用できます。自分のPERMAプロフィールを把握することで、どの要素が強みであり、どの要素に改善の余地があるかを客観的に理解できます。
自分のPERMAバランスを振り返る
PERMAモデルの最大の実用的価値は、ウェルビーイングの自己評価と改善のフレームワークとして使えることです。以下の問いかけで、あなた自身のPERMAバランスを振り返ってみてください。
- P(ポジティブ感情):日常の中で、喜び・感謝・安らぎ・興味・希望をどの程度感じていますか? ポジティブ感情を味わう(セイバリング)時間を持てていますか?
- E(エンゲージメント):時間を忘れるほど没頭できる活動がありますか? 自分の強みを活かせる場面がどの程度ありますか?
- R(関係性):深く信頼できる人間関係がありますか? 日常的に温かいやりとりがありますか? 誰かのために何かをしたり、支えられたりする体験がありますか?
- M(意味):自分の人生や活動に意味を感じていますか? 自分より大きなものに貢献している感覚がありますか?
- A(達成):目標に向かって前進している感覚がありますか? 小さくても達成感を感じる機会がありますか? 成長を実感できていますか?
PERMAモデルは「すべてを最大化せよ」と求めるものではありません。人生のステージや状況によって、どの要素がより重要になるかは変わります。若い時期にはエンゲージメントと達成が中心かもしれませんし、中年期には関係性と意味がより重要になるかもしれません。大切なのは、自分のウェルビーイングを多面的に捉え、偏りに気づき、意識的にバランスを取ることです。
「ウェルビーイングは単一の実体ではなく、複数の要素が組み合わさった構成概念である。どの要素も完璧にはウェルビーイングを定義しないが、それぞれがウェルビーイングに寄与する」― マーティン・セリグマン『Flourish』
次のガイドでは、PERMAの各要素を高めるための具体的な「ポジティブ心理学介入(PPI)」を詳しく紹介します。科学が実証した実践法を日常に取り入れ、あなた自身のPERMAを育てていきましょう。